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教員紹介

今村 真央

IMAMURA Masao

学科:人間文化学科
メールアドレス:imamura@
ホームページ:
オフィスアワー:木曜日13:00-15:00
専門領域:東南アジア史
大学院担当:

※メールアドレスの@以降は「human.kj.yamagata-u.ac.jp」になります。

インタビュー

― :先生の専門領域を教えてください
今村: 専門の地域は東南アジアです。特に、東南アジアの少数民族について調べています。東南アジアには、数え切れないほどの少数民族がいます。これらの多くは山地民——つまり山の中に住んでいる人々——です。山地民の人々が暮らしてきた地域というのは往々にして国家の辺境に位置しています。したがって私の研究対象は「東南アジアの辺境」です。
 実のところ、東南アジア自体が辺境的な存在です。東南アジアは、中国やヨーロッパのように外部に大きな影響を与えた地域ではありません。というわけで、「東南アジアの少数民族、なんでそんなマイナーなことを専門にしているんだ」という視線を感じることがあります(笑)。
 しかし、周縁から見ることによって、ものごとの本質がよくわかるということがあります。少数民族の視点から見ることに国民国家の本質がより明らかになるとか、辺境から見ることによって文明論や世界史がどのような論理によって組み立てられているかよりはっきりとするといったことがあります。辺境の研究とは、つまるところ辺境と中央との関係の研究です。

― :具体的にどのような研究なのでしょうか?
今村: 具体的には、ミャンマー北部の「カチン」と呼ばれる少数民族の歴史的研究を進めています。カチンの人々はそのほとんどがミャンマー北部に住んでいますが、隣接している中国雲南省やインド北東部にもいます。つまり国境をまたがる地域に暮らしている民族なのですが、ミャンマー、中国、インドという三つの近代国家に分断されてしまった民族、といった方が正しいかもしれません。
 長いあいだ狩猟採集生活を営んできたカチンの人々は、およそ百年前まで文字を使うこともありませんでした。「カチン史」の文献や資料は極めて限られています。現在でも、彼らには大学も図書館もありません。それではカチンの人々は自らの歴史をどう語っているのでしょうか。そもそもカチンの人々にとって歴史とはどのような意味を持っているのでしょうか。国家を持たない人々は歴史をどのように語り、どのように使うのでしょう。これらの問いを通して、歴史の書き方や語り方を考え直す研究を進めています。

― :この研究に興味を持ったきっかけはなんですか?
今村: 私はアメリカ東部の大学を卒業したのですが、ニューメキシコ州のサンタ・フェというところで大学付属図書館の司書としてしばらく働いていました。ニューメキシコ州は、アメリカ先住民(いわゆるインディアン)の割合も、またスペイン語話者の割合も全米で最も高い州です。ニューメキシコは、アメリカ合衆国の中で極めて周縁的な存在なのです。そんなところで暮らしていると、教科書に書かれているような「アメリカ合衆国の歴史」では説明できないことがたくさんあることにいやがうえにも気がつくようになりました。「辺境の視点」に気がついたのはその頃です。
 2001年9月の同時多発テロ事件の後に、アメリカ合衆国からタイ北部のチェンマイというところに移りました。そこで人権団体に勤めることになったのですが、多くのミャンマー出身の移民、難民、亡命者に会い、生い立ちを聞くことができました。特に、自分たちの国を持たない少数民族の人々の話にはとても驚かされました。
 私はそれまで「国家に属すること」を当然のことを思っていたので、「自分たちの国家がない」というのがどういう境遇なのかしっかりと考えたことはなかったわけです。多くの移民、亡命活動家、難民の話を聞くことが、国家とは何なのか、国境線とは何なのか、といった問いを考え直すきっかけとなりました。

― :最後に高校生に一言お願いします。
今村: 高校生の皆さんには、大きな問いに果敢にチャレンジして欲しいと思っています。よく言われることですが、人文学や社会科学には「常に正しい答え」などありません。その時代ごとに「新しい答え」が必要とされます。若い皆さんが、「常識」を疑って、積極的に新しい答えを提示してくれることに期待します。

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