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お知らせ

退職された先生方の挨拶をアップしました。

2016年4月1日

  ※五十音順

思い出すことども

國方 敬司

 昭和57年4月以来,人文学部でお世話になってきた長い日々を思うと,心残りというか,後悔に近い思いも多く残る。
 今でこそ7月末に行われているが,その頃は9月に行われていた前期の期末試験の答案末尾に,夏休みに出かけた東南アジアでの経験を通じて,医学部に入り直すことを綴った女子学生はいまどうしているのだろうか。ゼミのスキー合宿の時にゲレンデで話しかけてきて,3月で中退することを告げた(ゼミの学生ではない)男子学生はどうしているのだろうか。別にかれらの気持ちを変えるつもりはないけれど,いまなら,もっと話を聞いただろうに。
 そんななかでも,退学をなんとしても翻意させればよかった,といまでも思っているゼミの学生については,気がかりで,折に触れて思い出される。いろいろな事情から退学を決断し,ご両親の同意も得ていたとはいえ,どうしてもっとお節介を焼かなかったのだろうか。ご両親をまじえてもっとよい選択肢について話し合いをすべきだったのではないか,とも思ったりする。いまとなっては,とにかく幸せな生活を送っていることを願うばかりである。
 私も若かった。

山形大学人文学部退職にあたって

千葉 清史

 私が山形大学人文学部に着任したのは2012年10月でございまして、以降、3年半の間お世話になりました。山形大学は私の始めての就職先であり、それ以前は長いことドイツで博士課程学生をしておりましたから、着任時は、日本の大学の事情はほとんどわからなくなっている状態でした。
 在職中は教育委員、専修教務委員、コース教務委員、また、2015年度には安田理事付きスタッフ(国際交流担当)を勤めさせていただきました。山形大学ではいろいろと学ばせていただきましたが、これらの職務を通じ、とりわけ、日本の大学の現状、ならびに、今日の大学教育の課題と問題点を知ることができたのは、私にとって非常に重要な収穫でありました。山形大学で得た知見を活かして、新任先でも研究・教育に尽力していく所存でございます。
 短い間ではございましたが、皆様どうもありがとうございました。

学生のみなさん、ありがとう

福野 光輝

 橋本淳也くん、相澤若奈さん、阿部光希さん、工藤吉貴くん、黒田美穂さん、後藤由紀さん、佐々木翔太くん、柴田麻衣さん、鈴木悠河くん、高橋美保さん、武田篤くん、那須悠希さん、名取詩音さん、馬場貴弘くん、藤枝桃子さん、星大貴くん、前田好輝くん、紺野果菜さん、長井杏子さん、卒業おめでとうございます。今のところ、同窓便りは何とか続けたいと思っているので(どうなるかわかりませんが)、今年の11月くらいにぼくから来るメールにどうか返信してください。

 伊藤有紀さん、遠藤翼くん、小野春花さん、柏原尚希くん、西條美咲さん、佐藤明日香さん、佐藤祐也くん、須藤史帆さん、高橋海輝さん、田中麻莉子さん、遠山愛美さん、永井千晶さん、平山昂くん、森明日香さん、渡辺杏菜さん、研究室行事の幹事をやりながら、タフな演習や特殊実験におつきあいいただきありがとうございました。みなさんにはすでに4年生の貫禄を感じます。こんな状況ですが、逆にものすごく成長してくれるのではないかと期待しています。夏合宿、楽しかったです。

 菅原奏美さん、竹田美遙さん、田中絵里香さん、崔豪准くん、野場洸季くん、幕田実穂さん、小野さおりさん、木村日和さん、熊谷詩菜さん、熊坂恭成くん、佐藤健太くん、佐藤詩織さん、佐藤太紀くん、門馬なつみさん、渡部彩香さん、渡邊有紀さん、3年生はもっとも落ち着いて勉強できる時期です。自分のリサーチクエスチョンをみつけてください。新4年生たちは、みなさんのことを気にかけてくれています。きっと話を聞いてくれます。

 そして、基盤の授業にきてくれた鈴木真子さん、藤橋來未さん、宮路衛くん、佐伯和哉くん、大古田和樹くん、辛島康太くん、小林誉志夫くん、松井拓夢くん、大竹光希くん、横田裕也くん、加藤樹くん、菊地駿平くん、趙悦さん、どうもありがとう。みんなで本を読んで、いろんな話をしたことを思い出します。2年生になっても、目標を見失わず、しっかりがんばってください。高校生のときの方が勉強してたとかいわないように!

月山の見える部屋

元木 幸一

 私の研究室は三号館6階。西向きである。西日がきついので、普段はブラインドを締め切っている。しかし、新学期が始まってすぐの頃は、大きく開けることが多い。雪を頂いた月山が目の前に姿を現してくれるからである・・・左手にある本部の建物が若干邪魔なのだが。
 同じように思い出す。グランド南側の桜並木が徐々に芽吹き、開花から花吹雪、花筏、そして新緑に変貌する4月中旬から5月初めにかけて、自転車や徒歩で通勤する時間のなんと幸せだったことか。このような風景、桜の変貌に心とらわれるようになったのは、35年間の山大生活の中で、いつ頃からだったろうか。
 多分、やっと山形で暮らすことの決意(やや大げさな言い方だが)ができてからではなかったか。それとともに山形の自然だけではなく、山形大学の学生たちへの視線もずっと優しく、穏やかになっていったように思う。先日集まってくれた卒業生の中で、初期の頃の卒業生からは「先生は恐かった」という声が聞こえた。自分では意識しなかったが、そうだったのだろうと納得する。美術史の論文や翻訳の仕事に必死だった。変わり始めたのは『美術史の終焉?』という本を訳した頃(1991年)ではなかったか。その本は、決まりきった美術史からの脱却を論じた本である。それとともに、私の美術史も型にはまった研究から抜け出し、教員生活も若干ゆとりを持つことができるようになったような気がする。
 さて、今年もありがたいことに、三号館6階の研究室から月山の姿を拝むことができる。
 長い間、お世話様でした。そしてもう少しよろしく。

山形大学を去るにあたって   

渡邊 洋一

  昭和63年に着任して28年間お世話になりました。地方の単科工業大学から移動してきましたので、心理学の専門的教育ができることが嬉しくてたまりませんでした。
 専門的教育といっても、「こころの専門家」を志す人には大学院で修行してもらうとして、基本的にできるだけ科学的に自分を知り他人を理解する考え方を身につけてもらうことが目的でした。出身大学では研究者養成の色彩が濃かったのですが、心理学的な考え方をきちんと理解した人々がいろいろな場所でいろいろな立場で生き生きと活躍するというのが夢でした。
 学生さんたちのおかげで私の夢はかないました。人文学部で心理学として卒業論文を提出した学生さんは28年間で379人にのぼります。今年度の卒業予定は19人ですが、最後の年まで卒論のための実験や調査について相談しながら学生さんと楽しく過ごすことができたのは何よりの喜びです。みなさんに感謝します。ありがとうございました。

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