「ゴンドラの唄」の魔力


◇概要
『短歌研究』2016年11月号,80-86頁,短歌研究社。

@抄
 現在もっとも注目すべき現象は、インターネット上の仮想空間(電脳空間)の中で「命短し恋せよ乙女」という文句が飛び交っていることである。特に、初音はつねミクや重音かさねテトといった「電脳歌姫」の歌の中にこの文句が出没しているのは大変興味深い。
彼女たちは、ボーカロイドやUTAUといった音声合成技術によって電脳空間に生み出され、動画サイトなどで歌う姿を視聴できるが、三次元的な実体はない。私が気づいただけでも、『ゴンドラの唄』以外で「命短し恋せよ乙女」をタイトルに含む曲が、初音ミクに三曲、重音テトに一曲ある。
 〈…中略…〉
 これに関連して興味深いことに気づいた。インターネット上の質問サイトに出された「命短し恋せよ乙女の元ネタは何ですか?」という問いに、「帯に短したすきに長し」ではなく・・・・・・・・・・ ・・・・、『ゴンドラの唄』という昔の歌ですよ、という趣旨の回答を見つけたのである。
初めて見たときは笑ってしまったが、それが孕むある種の真実にハッとさせられた。「いのち短し恋せよ少女」と「帯に短したすきに長し」はともに「七〈三+四〉・七〈四+三〉」という韻律(都々逸調の前半部に相当)を持っている。
現代の多くの、そしてフツーの若者たちにとって、「いのち短し、恋せよ、少女」いや「命短し恋せよ乙女」は、もはや諺のような存在になっているのではないだろうか? それは、どこかで聞いたことがあるが、特に誰の言葉という意識はない、アノニマスな(名無しの)、みなに共有されているフレーズのひとつなのである。いずれにしても、それはもはや吉井勇のものではない(多くの場合、そのように意識されてはいない)のだ。
 私はこれまで現代文化の中に現れる「いのち短し、恋せよ、少女」の断片を『ゴンドラの唄』のこだまと称してきたが、現在ネット上に出没する「命短し恋せよ乙女」は、もはやこだまとは呼べそうにない。出自も縁も忘れられ、電脳空間をさまようこれらの言葉たちは、むしろ『ゴンドラの唄』の亡霊というのが似つかわしい。


◇増殖する「ゴンドラの唄」
 「中日新聞」2016/11/12 夕刊 <大波小波>(署名は「残夢」氏)
   
@抄
 歌人吉井勇がこの秋、生誕百三十年を迎えた。『短歌研究』11月号が特集を組んでおり、山形大教授・相沢直樹の「『ゴンドラの唄』の魔力」という小論がある。これが面白い。
 〈…中略…〉
 相沢によれば、この歌の〈いのち短し、恋せよ、少女〉というフレーズがサブカルチャーの世界で増殖しているという。『美少女戦士セーラームーン』の決めぜりふ、JポップのWANDSの曲名、島谷ひとみの曲のサビや、ボーカロイド・初音ミクの曲のタイトルにも含まれる。
 相沢は、広まった背景に「帯に短し、たすきに長し」と同じ「七(三+四)・七(四+三)」の韻律があると見抜く。心地よい韻律の魔力が、百年前の歌詞であるにもかかわらず、若者をとらえているというのだ。卓見である。

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