「日出づる国」から来た男

 国外にいると,自分は日本人なんだと痛感させられることがよくある。
 見知らぬ道をたったひとりで歩いていると,いま自分の身元を証明してくれるものは日本国が発給してくれたパスポートしかないんだな,としみじみ感じ入ったり,国際的なスポーツ大会などで日の丸が揚がるのをテレビで見ると,柄にもなく気持ちの昂ぶりをおぼえたりする。
 研修でモスクワにいた頃,初対面のロシア人に必ずどこから来たのかと問われるのが鬱陶しくなってきた。おまけに,判で押したように,おまえは韓国人か中国人か等と訊かれた後に日本人という選択肢が待っていることが,ボクの愛国心(?)を妙に刺激していた。
 そんなある日,某図書館の受付に君臨する女帝ガリーナ・ニキーフォロヴナに例の質問をされた。最初に会ったときに日本人だと告げてあったのに,と鼻白んだボクはかねて用意していた懐刀を抜いた。ロシア語で「日出づる国」から来た,と短く告げたのだ。かつて隋の煬帝に親書を送った聖徳太子の気概にあやかろうとしたわけだ。そしてこの先制パンチは1400年近く経っても力を失わなずにいたようだ(もっとも,女帝はボクが詩的な言い回しにしようと語順を故意にいじったのを素早く正すのを忘れなかったが)。少なくともボクが日本人だということは彼女の脳裏に刻まれたようで,日本で起きた出来事を自分から話題にするようになったり打ち解けてきた。
 これに味をしめたボクは,出身を訊かれると「日出づる国」を持ち出すことが多くなった。ただし相手に多少なりとも教養がないと通じないようなのが難点だったが。

トイレはどこですか?

 初めて行った国でその土地の言葉を口にするのはいつも新鮮で刺激的だ。そして大きなリスクを伴う。
 いい気になってよく知りもしない外国語を使って,大いに恥じ入った例。
 ヴェネツィアのとある博物館でふと催してきた。受付には若い女性たちが3人いて談笑していた。たしかイタリア語で「どこ」は "dove",「トイレ」は "toletta"。なあにこれならチョロイもんだ。受付嬢たちに「スクーズィ(失礼...)」と呼びかけたボクは,得意げに「ドーヴェ・トレッタ?」と訊ねた。
 次の瞬間,威勢のよい答えが三方向から同時に返ってきた。が,まぜこぜになったこともあって(これは逃げ口上...),まったく分からなかった。
 呆けたように立ちすくむボクを見て事情が知れたのか,彼女たちのうちのひとりが英語で教えてくれ,どうにか事なきを得た。
 ボクが這々の体で逃げ帰ったのは言うまでもない。
 むかし見た語学教材のドラマの中にあったナレーターの言葉を思い出した。
 曰く「外国語で単純な質問をするのはむずかしいことではない。しかしそれに対する答えを理解するのはまったく別の話である」。

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