写真左:ハンブルク市庁舎  右:タイ・アユタヤ     

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最近の研究から

過去への執着という病――マルティン・ヴァルザー『幼年時代の保護』における主人公の死をめぐって

 主人公アルフレートは,19452月,彼が16歳の時に経験した「ドレスデン空襲」によって街が徹底的に破壊されてから,自分およびドレスデンに関係したあらゆるものを(記憶だけでなく実際に)保存しておかなければならないと考えるようになります。ヴァルザーが、小説だけでなく,エッセイ,講演などでもドイツの「過去」に言及し、忘却に対して強く警鐘を鳴らし続けてきた人物であることを考えれば,この「過去の保存」はヴァルザー文学にとってなじみのテーマと言えます。
 しかし,そのような背景を意識しながら読む読者は,『幼年時代』の結末に奇異の念を抱かざるを得ません。なぜなら,アルフレートは,自らに課した使命(「過去の保存」)を完結させることができないまま突然死亡してしまうからです。結局,その死因すら明かされないまま,作品は終わりを迎えます。
 既存の研究では,主人公の死は,あまりにも過去に沈潜し,現実から乖離していった当然の帰結であると解釈されてきました。つまり,過去にしか生きられない人間は,現実世界では死しか残されていないことを明示しているのだというわけです。それならば,ヴァルザーは、もはや忘却に対抗する可能性を諦めたということでしょうか。
 その問いへの答えは,アルフレートの葬儀を描いた最終場面にあります。ここでは,あれほど挫折続きで、自らに課した使命すら達成できなかったアルフレートの死を,皆がこぞって惜しみ,また悼みます。この「予定調和」的な終わり方こそ,この作品の鍵であると言えます。つまり,アルフレート以外のドイツ人(通常のドイツ人)は,ナチズムや戦争責任など重大な問題を含む「過去」をもはや振り返りたくはありません。しかし,誰もが,「過去」を振り返り,反省し続けなければならないことは知っています。知っていながら,何事もなかったように「未来」の話をするのです。その,誰もがしなければならないと分かっていながら誰もしないことを,アルフレートは一手に引き受け,その挙げ句変人として周囲の笑い物となって死にました。葬儀の場で見せた皆の「予定調和」的な穏やかさは,「過去の保存」という難事業に取り組んだ英雄への感謝と,もはや「過去」をほじくり返す厄介者がいなくなってくれた安堵が入り交じったものだったのです。過去に沈潜しすぎたアルフレートではなく,通常の生活を送るドイツ人こそがこの作品の批判の対象だったと言えます。







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プロフィール
   多角的な視点から,既存の知を
          問い直す
ナチズム,戦争責任,東西分裂,
再統一・・・激動の現代ドイツ
を分析する
                                                          最終更新日 H26.5.23
 山形大学人文学部 渡辺将尚研究室



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